連戦連勝だったナポレオンが、ロシア遠征以降は勝てなくなった理由

連戦連勝だったナポレオンが、ロシア遠征以降は勝てなくなった理由
. ナポレオンはロシア遠征までは、直接指揮を執った戦いではほぼ全勝だったと思いますが、それ以降はライプツィヒの戦い、ワーテルローの戦いに連敗し、島流しにされました。
ロシア遠征は焦土作戦でやられたのはわかるのですが、それ以降、急に勝てなくなったのはなぜでしょうか。



それには様々な要因があります
⑴ナポレオンの戦略の研究成果
ナポレオンの戦略は従来の作戦では突破することが出来ず、どうしても後手に回ってしまうのが現状でした
しかしやられた国も打倒ナポレオンの為に研究するわけで、特に頑張ったのがプロイセンです
プロイセンはのちの戦役で敗北を喫したあとは、時代遅れの軍隊は1度解体同然のものとなり、むしろ再編しやすくなりました
そこでプロイセン将軍のシャルンホルストが軍の再編に心血を注ぎ、今なお世界中で使われる参謀本部システムを考案し、プロイセンの作戦指揮のレベルは格段に上がりました
しかもシャルンホルストは様々な人材を育て、誰が欠けても問題のないよう、参謀本部のための士官学校を設立し、グナイゼナウやクラウゼヴィッツなど名だたる名軍師を育て上げました
このようにナポレオンが得意な戦術を使い続けてる傍ら、他国の軍隊も進化、研究をしていたわけです
⑵大陸軍の人材の枯渇
統領政府期から帝政期中盤までは数多くの人材が溢れており、将軍はもちろん古参兵も多くいました
ですが戦争を続ければ死人は多く出ますし、古参兵も戦争する度に死んでいきました
騎兵も死亡率の高さや突撃戦法を好むミュラなどの騎兵隊長により数が減り、元帥もランヌやベシエールなど戦死し、マッセナのような有能な人材も高齢により引退などしていました
最終的にワーテルロー時点で使える人材は数が少なくなり、有能なダヴーをパリ防衛に任せざる負えなくなったり、参謀に不慣れなスールトを起用せざる負えなくなり、ミスを多発させています
⑶大陸軍の人材育成の疎か
大陸軍はナポレオンが頭脳であり、指揮官は手足の存在でした。自分たちで考え作戦を立案、実行するといった独立指揮をできる指揮官がほとんどいませんでした(例外はマッセナ、ダヴー、次点でランヌ)
(4)ナポレオン本人の劣化、体力低下
⑶の通り、頭脳であるナポレオンが劣化すれば大陸軍は直に影響を受けます
ナポレオンはロシア遠征やフランス戦役でも素晴らしい戦術を展開していますし、彼の戦術はあまり衰えてませんが(それでも全盛期に比べたら作戦が雑になっていると言わざる負えないことが多いが)、ナポレオンの手の届く範囲は限られていますし、本人の体力低下は回避できませんでした
ナポレオンは若い頃から無茶苦茶な生活をし続け、睡眠時間もまばらに取るという不健康なスタイルです
それが末期で影響が出て、ロシア遠征では病気にかかりボロジノの戦いではまともな作戦が建てられず、ワーテルローでは胃の激痛により休憩せざる負えなくなり、その間にネイの無断突撃を許してしまう結果になりました
体力低下がなければまだ希望はあったかもしれません
(5)敵を作りすぎた
ナポレオンは実質欧州全てを敵に回してました
半島戦争を開始したことにより、有能な将軍をそちらに回さざる負えなくなったりしてましたし、1度弱さを見せれば欧州全てがフランス打倒の為に反旗を挙げてきます
それがランプツィヒの戦いで、流石に物量には勝てませんでした
少しでも友好国を作るべきでした。これはタレーランの言うことを少しでも聞いていれば回避できたことですね
ナポレオンの連勝は、いずれ止まる運命にあったと思います
◆とても詳しい回答ありがとうございます。
重ねての質問で恐縮ですが、最初の頃、各国がどうしても破れなかったナポレオンの戦略とは、いったいどういうものでしょうか。
私の理解では、腕木通信などを使った情報伝達が速く、素早い機動で敵を各個撃破できたというものですが、それ以外にあったら教えてください。
また、プロイセンが参謀本部を作ったら対抗できるようになった、というのももう一つよくわかりません。参謀本部を作ると、何が変わるのでしょうか。
◆ある意味では、勝てないから勝てない、なのかもしれません
そもそもフランス革命の契機が増税問題、だったのはいいでしょうか?
イタリア遠征がそうでしたが、ナポレオンの戦争は戦争による略奪や賠償金、占領地への増税によって財政を回転させていた面がかなりあります
つまり、戦争に勝つと金になり、その資金力で軍隊を強化する、、、、、というわけです
逆にいうと一旦上手くいかなくなると、フランス人に増税するしかない
特にフランスの税制はワインや塩など間接税がメインでした
逆進性、つまり貧乏人ほど相対的に重くなるので、国民の支持の低下につながります
一方イギリスは一時期は債務がgdpの250パーセントという現在日本も真っ青な水準でしたが、コンソルの金利は比較的安定していました
イギリスの財政と金融能力が優れていたわけです
ナポレオンのつよみとは、、、、
その軍隊です
それまでの欧州各国軍の軍隊は常備的傭兵軍だったのはいいでしょうか?
当時の財政力に比して軍隊は極めて効果であり、各国はなるべく消耗を抑えたいと考えていたわけです
当然取れるべき戦術の幅も狭くなります
また脱走を抑える狙いもあり、兵士の処遇をよくしました
結果として高齢者も軍隊に居残るようになり、経験値が溜まる一方体力的な問題も抱えるようになりました
ナポレオン、というか、カルノーの徴兵軍の強みは若者を安定的に徴兵可能となったことで、多くの消耗が起こり得る戦術を可能としたこと
また若者が多いので体力的に比較的高速な移動が可能になった点です
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